久しぶりにフルートのリッププレートにご希望のオリジナル彫刻を彫らせていただいた。
久しぶりというのは、ここのところ、リッププレートの彫刻後にバフ研磨をかけて、バリをとるべきかどうか実験中だったからなのだ。その話は後日まとめるとしてして、ひとまず今回の話。
今回のお客様はクラシックのオーケストラや室内楽等を演奏される方で、やはり演奏中にリップが滑るとの事だった。こちらからもいろいろお尋ねしたのだけれど、フルート吹きの方は滑り止めに紙の絆創膏やマスキングテープを貼っている方もよくいらっしゃるとの事。また、ご友人にリッププレートに彫刻の入ったフルートを吹かれている方がいらっしゃったので、その方の感想をお聞きしたところ、若干の違いを感じられるとの話も伺った。いろいろご相談の結果、今回はバフ研磨をかけずに彫刻後をそのままにしてみようという事になった。もしどうしても合わなければ、後日バフ研磨をかけるという事で。
ちなみに、通常のフルートメーカーの彫刻はスジ彫りか機械彫りで、深い縦長の一本線で構成されていて、おそらく後でバフ掛けしてあるので、彫刻の凹みはあれど、バリはないはず。私の彫り方はサックス等のギザギザ彫り(正式名称は知らない、なさそう)で、浅い短い線で構成される。
さて、デザインに関して事前にご希望を伺ってはいたものの、やはりお会いしてお話をするとお客様のイメージがはっきりくっきりしてきて、その上でデザインの方向性も絞れてくる。今回は花などではなくて、お名前のイニシャル「K」をモチーフにしたデザインをご希望との事だった。また、演奏時に唇の下の部分が当たるエリアを確認した。
イニシャル「K」をモチーフに2案考えが浮かんできた。ひとつ目は「K」を隠し文字にしてしまう事。いつものようにラフラフを描いてみた。でも、リッププレートは面積が狭いので、ひょっとしたらうまく収まらないかもと思って、リッププレートにも下絵を描いてみた。
若干、シンプル過ぎる?という懸念もあって、ちょっと可愛らしいのも考えてみた。
お客様にご希望を伺ったところ、前者がお好きとの事。やはり当初うかがった「K」をモチーフに割とすっきりした方向性で、真ん中にも彫刻が入っている方が滑り止めにもなるだろうという判断だった。
これで方向性も決まったので、いよいよ後は彫るだけ!というところだけれど、自分の中の、もうちょっと繊細さが欲しいなという気持ちがあって、いつもより細か目の彫り方を検討してみた。ちょっとタッチを変えたのだけれど、こちらの方がフルートにはイメージが合う。
実際に彫る時は、お客様のお顔や吹いている姿のイメージを絵柄に乗せて彫っていくようなところがあって、下絵の最後の最後で絵柄がまたちょっと変わってしまった。最初のはシンプル過ぎて、もうちょっと華やかさが欲しくなったのだ。自分としては持てる力を全て出した感じだけれど、あとはお客様がどう評価するかだ。
後日、都内でお会いして引き渡し。あ〜、いつもこの時はドキドキする。でもお客様もドキドキする〜とおっしゃっていた。それはそうだろう、大事な楽器だから。
さて、梱包材を外してお見せすると・・・・・・沈黙が・・・・・・。
しばらくして、
『想像を超えていました!』
『デザインも、パッと見に「K」とわからない位で入っているのが好きです!』
凄く嬉しそうな表情で、こちらも超嬉しい!!!! バリもこの位なら問題なさそうとの事。ずっと吹いていたらどうかという懸念点や、音色の変化等も気になるので、数日後にアンサンブルの練習があるとの事で、その結果を伺う事になった。
その夜、早速のご連絡を頂戴した。
『今日は、あまりの感激に少しテンションが上がってしまい、
お恥ずかしい限りです。』
『やはりオリジナルのデザインで彫っていただけるというのは、
ありがたいですね。』
なんとも超嬉しい感想で涙が出る。そして機能的な面では、
●バリの違和感は全くなく大丈夫。
●試しにプレートの当たる部分に水をつけてみて吹いても不安感はあっても滑る感じはない。
との事。まずまずかなあ。後は後日のアンサンブルでどうかな?
そのアンサンブルのあった夜、早速ご連絡をいただいた。
2時間ほどのアンサンブルの結果は、
●滑り止めの効果はしっかりあったように思われる。
●吹奏感、音の響きなど、全く問題なかった。
はあ〜、良かった良かった。バリで女性の繊細な唇が傷ついたら困るなと思ったけどそんな事もなく、いい感じだったらしい。ただ、女性は特にメイクなどが彫り後の凹凸に入ってしまう可能性が高いので、薬局等で安く入手可能なアルコールで拭いておくのは必須だろう。
自分だけのオリジナルの彫刻が入ると、大事な楽器にさらに愛着が湧くし、音楽が楽しくなる。そう信じてさらに精進しよう。今日は飲めないビールをちょびっと飲むのだ。