オリジナルの絵柄の彫刻。そのためには当然どんな絵柄にするかを考える訳だけれど、ひとつ面白いなと思う事がある。

サックスやトランペット、トロンボーン等、いずれも西洋の楽器だ。その管体に施される彫刻も西洋の絵柄が基調だ。

ヴィンテージの時代をさかのぼるものは、画家が彫ったり絵を描いたりしていたそうで、特に素晴らしいものが残っている。現代でもアーティストがデザインした絵柄のものは素晴らしいものがあったりする

たまに、キーも含めて隙間無く彫刻の入っているものもあるが、私はそれが苦手で息苦しさを感じる。全体をキャンパスとしてデザインを考えた時、いろんなキーがあったりして造形美が成り立っている所はむしろ彫刻を入れない方がいいと感じる事もある。ヴィンテージの素晴らしい彫刻で、いっぱい彫っているのもあるが、それは隙間無く彫って豪華なのではなく、素晴らしい絵が入っていて豪華と感じるのだ。

さらには空白の部分に趣を持たせるというのは、日本人特有の、例えば日本画の特徴に現れる感性なのかもしれない。

竹内 栖鳳

自分自身の経歴的なもので考えると、デザインに関わってきた経験で培われた感覚が大きいかもしれない。足し算ではなく引き算で考えて行くし、写真の場合もそうだけど余白の役割は大きく、全体のイメージに影響する。

ふと音楽ではどうなんだろう?と考えたりする。私の大好きなJazzのレーベルECMでは、「静寂の次に美しい音」というコンセプトがあるようだが、日本画と同じく、「間」や「余白」を大事にしてそうな気がする。

模様として存在させるのか、絵柄として存在させるのか、という違いもあるだろうし、頭の中に描く全体イメージによって空白の量も位置も異なる。どんなタッチの線で構成するかという事もあるし、まだまだ努力精進が必要な事は間違いないので、新たなチャレンジを続けて行くのが楽しい今日この頃だ。