僕が楽器の彫刻を進める上で、実際の作業に入る前の非常に重要な手順がある。

それは、この楽器のオーナーさんがどんな方で、どんな想いで彫刻を入れたいのかという事を感じ取る事。いつもどんな活動をされてるとか、たまにしか吹けないけど大事にされてるとか。何かの節目の思い出にとか。だからもう一つ、差し支えなければだけれど、その方の演奏されてる(楽器を持っていらっしゃる)写真をいただいたりもしている。

そして、例えば花や植物模様を彫るとしても、その絵柄にオーナーさんのイメージや想いを乗せて彫っているような感じだ。同じテーマの絵柄であっても、自分の描く絵柄の雰囲気や線のタッチも変化してくる。自分で意識する事はほとんどないのだけれど。

何より、自分が綺麗な彫刻を施すという作業の先に、このオーナーさんの喜ぶ笑顔を見たいというのがモチベーションになっているから。そして、相棒たる楽器と一緒になって、音楽を楽しみ、喜びや愛や幸せが周囲の方々にも伝わっていくといいなあという想いがあるからだ。

さて、今回オーダーいただいたフルートは、ムラマツのDSRHEという総銀製のものだ。そして、オーナーさんの想いがたっぷり詰まっていた。

そのフルートは、大好きな叔母様がプレゼントしてくれた憧れのメーカーの製品。でもなんと、その叔母様が昨年ガンのため亡くなってしまったとの事。天国にこの感謝を伝えるべく、叔母様の大好きな薔薇の花の彫刻を入れて、さらにご本人のモチベーションも上げていきたいとの事だった。

僕も年齢を重ねた結果、涙腺がどうかしたのかと思うくらい、こういう話には弱い。気合が入る。何度かご相談して、リッププレートと、足部管、ヘッドに、薔薇をテーマに彫刻を施す事になった。ラフラフな絵を描いてみてチェックいただいた。

これに対して、薔薇の花びらが折り返して尖った感じではなくて、丸い感じが好きとの事で、微修正を入れて、OKをいただいた。

いよいよ彫刻作業に入ってすぐ気がついたのだけれど、ご本人が『明るい性格でお話好きです』とおっしゃっていた事もあり、なんとなく彫っている心持ちが大胆で明るい感じがしていた。結果として、仕上がりもラフよりそういう方向に変化しているように感じる。

さあ、完成してすぐに宅急便で返送したが、結果はどうなのか?気に入っていただけるのか?亡くなった叔母様への感謝の気持ちを乗せられているのか?

後日、お返事メールが届いた。
『宅配便と見事にすれ違ってしまいようやく拝見する事ができました!!最高です!!!正直なところ、預けている間に不安や心配もありましたが、ケースを開けた瞬間に思わず「可愛い!!!」と声が出ていました(笑)すぐ実家に持って帰り、親と叔母の仏壇にも自慢しました(笑)
吹き心地ももっとガサガサすると思いましたが、とても綺麗で全然問題ないです!!!』

良かった〜、嬉しい〜、ほっとした〜!叔母様にも想いが届いたかなあ。