久しぶりにフルート本体にオリジナル彫刻のオーダーをいただきました。

リッププレートはちょくちょく話はあるのだけれど、本体を彫るのはほんとに久しぶり。以前彫ったのはもう20年も前だけれど、凄く滑りやすくて怖かった記憶が残っている。フルートの本体は、過去彫った楽器の中で最も難しかったのだ。

当時、メーカー品ではキーカップやクラウンの彫刻はあったけれど、リッププレートや本体の彫刻はなかった。今では、リッププレートの彫刻は珍しくなくなったけれど、まだ本体の彫刻はあまり見た事がない。しかも、各メーカーともフルートの彫刻は、スジ彫りという彫り方で、深い1本線で構成されていて、なんとなく繊細なのだ。私の彫り方は、サックスやトランペット等に使われているギザギザ彫り(正式名称は知らない、無いかもしれない)で、浅くギザギザに彫っていく線で構成されていて、なんとなく大味な感じがするので、フルート用には少々工夫が必要だなと思ったりしていた。

今回は総銀製のムラマツフルートで、オーナーが30年間愛用されてきた大事な楽器。この節目に新たな楽器の購入をご検討されていた最中に、このHPのフルート本体に彫刻のはいっている写真をご覧になって、愛器に彫刻をオリジナル彫刻を施して、さらに30年を共にしようと考えられたとの事だった。責任重大なのだ。

最初はお断りしようと思ったのだけれど、まあこれも何かのご縁だし、ここで恐れを乗り越えてやるべしという彫刻の神様の思し召しかもしれないと思い直して、承る事にした。

お客様が遠方で、直接ご希望を伺う事ができないので、メールで趣味や好きなデザイン等いろいろお尋ねして、参考になる画像もいくつか送っていただいた。やっぱりイメージを作り上げるには、何か手がかりがないと、その方のための、その方ならではのデザインというものが出来上がらない。ご本人の好きな、昭和初期の資生堂の広告のデザインや、当時の建築物、唐草模様等がヒントになったが、これは自分のイメージになかった新たな素材なので、これまた新たな挑戦だ〜。もちろん、そのまま彫るわけではないし、自分の彫り方とどう融合させるか等、考える必要があるのだ。

一枚目のラフスケッチはこんなもの。リッププレートにはお名前のイニシャル「T」を隠し文字にして入れて構成。本体は、割といつもの模様に近い。

もうちょっと唐草模様のツルの感じがお好きみたいという事で、第2案を出してみて、これで進める事になった。何度もメールでの会話におつきあいいただいてしまった。

ラフな方向性が決まったら、いよいよ彫りに入る。
フルートを彫る際にトライしようとしていた事がある。それは、サックスやトランペットよりもはるかに細かい細密彫りとでもいうような彫り方をする事。その分、大幅に時間もかかるし、集中力も必要となるのだ。

まずはデザインの中心のリッププレートから始める。本体に下絵を描いて、さらに頭部管本体→胴部管本体→足部管本体の大体のレイアウトだけ決めた。大まかな全体の絵柄のエネルギーの流れみたいなものを掴んでおく必要があるからだ。それに、自分から見える絵柄と、相手から見える絵柄がどうなるかも計算しておく必要がある。バランスが大事だ。

ちなみに、リッププレートの彫刻は唇の滑り止め、胴部管の彫刻は左手の人差し指の辺りと、右手親指の滑り止めとしての効果も見込めるので、それぞれ当たりどころはおさえておく必要がある。

細かい所は、リッププレートの彫刻が完成後に随時考えていく必要がある。というのは、実際に彫っていく段階で、下絵とは異なってくる可能性があるからだ。やっぱりこ〜んな線の方がいいみたいと、インスピレーションが湧いてきたり、勝手に手が「こっちの方に行きたい」みたいに動く時もあるから。

という事で、頭部管完成。リッププレートは「T」のイニシャルを隠し文字にして構成。周りはそのイメージを延長して彫り上げる。自分からはもちろん最も良く見えるところに彫ってある。相手の側からは、何か彫ってるなとわかる位に少なめに構成。

続いて、胴部管。まずは左側から。ちょっと上から絵が始まって、段々中央に、そして下側へと移っていくようにした。単純に全部見えてしまうのは、奥行き感や自分ならではの楽しみ的なところがなくて面白くないからだ。グルグルっと回してゆっくりと眺めながら、へえ〜、ほお〜、とか言いながら酒を飲めるような感じが欲しい。左手人差し指辺りがちょうど触れるところを彫るのも必須だ。

次は胴部管の右手側。これは左手側からのエネルギーの連なりを考えると、下側からスタートして段々上側に移ってくるようなイメージになる。そして右手親指で支える所はやっぱり必須。

最後に足部管。これは、全体のボリュームを考えて、そして胴部管からの流れを続けて彫る。

やっと最後まで彫り上がった。頭部管は、部分的に見ると、ずいぶん華やか過ぎる位に彫ってあるけど、全部組み立てると、この位はないと寂しい雰囲気になってしまうのだ。それに最後に相手側から見えるところをほんのちょっとだけ彫り足した。やっぱり向こうからも頭部管に彫刻らしきものが見えないと寂しいかなと思って。

今回は久しぶりのフルート本体で、かつ、新たなテイストの彫り方に挑戦、という2段階高めのハードルだったが、結果としては、以前のような怖さを感じなかったし、新たな自分の彫り方の可能性が見えてきた。自分にとっては非常に大切な経験になった。全力を振り絞って彫り上げた作品になって満足だ。
ただ、繊細さを求めて細密彫りにすると、他の楽器に比較して凄く時間がかかるのと、集中力が必要で、やっぱり難易度の高い楽器に位置づけされる。

さて、そうはいっても、最も大事な点は、お客様がどう感じられるかだ。あ〜、神様、よろしく!という感じ。楽器が届いての印象を待つ間がドキドキだ。

結果のメールが届きました。————————————————————————————–
 「本日、楽器が無事に届きました。
ドキドキしながら家内と一緒に梱包を解いたのですが、楽器ケースのふたを開けるなり、『ええやん!!』 期せずして感想がハモる二人w
 正直、蔓のモチーフだけだとスカスカして も一つかもなぁと思っていたのですが、流石です、素晴らしいデザインに纏められていて家内と感心することしきり。
 リッププレートや、指で管体を支える箇所に入った彫刻でうまく滑り止めが働いて好感触。久々に帰ってきた愛器に戸惑いつつ吹いてみましたが、こちらもいい感じに「いつもの音」。
 代替で使っていた楽器がイマイチだったのもあるかもですが、すべてが5割増くらいに感じます。
 練習も今まで以上に熱が入りそうです。—————————————————————————————
 今日は昼から思う存分フルートを吹いていました。
 リッププレートは、純正彫刻に比べるとザラッとしているので初めは違和感がありましたが、すっかり慣れて、いい感じです。
 左手人差し指と右手親指の楽器を支えるところにもうまく彫刻が入っていて、こちらも具合よく滑り止めとして機能しているように思います。
 クロスで手入れするときも繊維が引っ掛かることもありません。————————————————————————————-

良かった、ほっとした、イエイ!
さらに精進して一彫入魂だ!!
でも、今日は飲めないビールをまたちょっとだけ飲んでみる。