だんだん小さいものの彫刻依頼が増えてきた。フルートのリッププレートとか、クラリネットのキーカップとか、もう拡大鏡を使わないと裸眼では見えないから。
 今回はお初で、ヤマハのトロンボーンのロータリーキャップに桜の彫刻を彫らせていただく事になった。

 最初に届いたのは、上面が全面丸いキャップ。どうやら硬いらしい。でも、トライしてみないと彫れるかどうかわからない。

 結果は、ものの見事に滑っていった。全く刃が立たない。初めての部品だったので、できれば彫りたかったなあ。なぜか事前に素材が何かを確認してなかった。後で材質を伺ったら、表面は銀メッキ仕上げだけど、中身はおそらく「洋白」製との事だった。大抵、真鍮とか銅とか銀とかで考えていたのだけれど、洋白だとしたら初めて。こんなに硬いとは。以後気をつけねば。刃が立たない時は返却という事にしていたので、残念ながら返送。

 今回はこれで終了かなと思っていたのだけれど、なんと再度ご連絡いただいた。異なる素材のロータリーキャップでどうかという事だった。フォスファーブロンズという銅の合金製との事。ちょっと不安があるものの、おそらく大丈夫だろうと思いつつ、ありがたくも再度トライさせていただく事になった。

 部品が届いたのだけれど、今回の部品形状は凹凸もあって、スペースが狭い!! よく見るのは、周囲にグルッと唐草模様的に囲んでしまうデザインだ。でも、同じようにぐるっと回してもつまらないし、特に今回ご希望の「桜」で周辺だけにレイアウトすると躍動感は出なさそう。もっと美しいデザインにしたいなあなどと悩んでみた。

 用意した彫刻刀は、以前に工具鋼のヤスリから造った刃幅0.8mmのもの(青いテープ)と、昨年新たにハイス鋼(工具綱より硬い)で造った刃の幅が1.0mm、1.2mm、1.5mmの、計4本。

 工具鋼の彫刻刀は手に馴染んでるので、これで彫れたら全く問題ないけど、と思いつつトライしたところ、これまた軽く滑る気配がする。この素材も真鍮や純銅よりはるかに硬い。やっぱり合金は硬くなるし、鍛造や切削加工による加工硬化もありそう。
 急遽、工具鋼より硬いハイス鋼の彫刻刀を研磨し直し、0.8mm幅のものを造って再度トライすることにした。今回は、かなり滑りがちで怖いけれども、なんとか彫ることはできた。でも、線のコントロールが非常に難しかった。先日、東京に雪が降って凍結した道路で滑る人がいたけど、同じような恐怖感と背中合わせだった。いつもより多少角ばった雰囲気の線だけど、なんとか一つの味わい位のレベルにはなったかな。



 あとはオーナーさんの感想がどうかだ。早速返送してお返事を待った。
 2〜3日後、待望のメールが届いた。

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本日届きました。
思わず声が出てしまうほど美しい桜の彫刻で、感極まっております。
何枚も写真を撮りました。

ロータリー周辺のパーツは非常に音色に関わってくるもので、普段どの楽器を使うときも特にロータリーキャップにはこだわってパーツを吟味しております。
そんな要となる部品にこのような素晴らしい彫刻を施していただき、非常に嬉しいです。
今後の楽器人生、森脇様の作品とともに歩んで参ります。
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 ちょっと気恥ずかしいが、非常に喜んでいただいて、私も実に嬉しい!!
 本当はオーナーさんが今度新しく入手予定の楽器に装着予定だそうだけど、ひとまず今の楽器に装着した様子の写真もいただいたので、参考までに載せておきます。

 また異なるタッチの彫り方を習得する必要がありそうなので、さらに研究しなければ。どんどん課題が増えるばかりだ。