彫刻する人によって異なると思うのだが、僕は左手で楽器を持って右手の彫刻刀で彫るというスタイルだ。そして、いろんな線を彫るため、楽器と彫刻刀の角度が微妙に変わっていくのに合わせて、無意識に左手の楽器は前後左右に回転していく。
だから、今まで何度もユーフォニアムの彫刻オファーがあったが、お引き受けする事はできなかった。やっぱりユーフォニアムはとても左手だけで支えられるような重さと大きさではないから。
ところが〜〜〜!!
昨年11月頃、『来年はかつてないことにチャレンジしよう!』と思っていたタイミングでユーフォニアムの彫刻の打診があったものだから、方法論はいまだ見出せないまま、ひとまずお会いしようと心が動いてしまった。
それまでに、ユーフォニアムをじっくり見たくて楽器屋さんに行ってみたり、知り合いのリペアマンに構造や板厚とかを尋ねたりしてみる。
《いただいた事前情報》
1. Willsonというメーカーのユーフォニアム。
2. ブランクを経て、再開に向けて心機一転で彫刻をいれたい。
3. 苗字の漢字『藤』の花をモチーフに入れたい。
4. イニシャル『S F』を入れたい。
『昴(プレアデス)』『六連星』、ロマンチック!
さて、わざわざ我が家にお越しいただいた。
ユーフォニアムについてのイロハから、オーナーさんの動機まで、いろいろお尋ねする。やはりご本人とお話ししている間に、ご本人ならではの重要なポイントが見つかりましたよ。
《重要ヒント》
・奥様とご子息と3人家族
・奥様のイニシャルは「K」
・ご子息は5月生まれで誕生星座は『牡牛座』。その中で青白く輝く星が集まる星団『昴(プレアデス)』にちなんで、名前に『昴』という漢字がはいっている。『人が集まってくれるような人になって欲しい』という願いを込めて。
親としての気持ちがひしひしと伝わる、いいお話しではありませんか。
僕の方からは、『幸運の訪れるお知らせ』として蝶々を入れていいかどうかを確認。そして、しばし考える日々をいただきました。
さらに何度かメールのやりとり。さらに、『昴』についてもいろいろ調べて、かなりイメージが膨らんできましたよ。
『昴』には6~7個の星が集まって見え、古くは平安時代に清少納言の「枕草子」にも美しい星として名があがっているし、『六連星』とも呼ばれていて、自動車会社スバルのマークにもなっている。
イメージが膨らんできた
ラフイメージを描きました。
Willsonのロゴマークの上に、オーナーさんのイニシャル『S F』を隠し文字的に配置。このイニシャルを中心として藤の花の流れが広がり、オーナーさん一家のイメージだ。
そして、昴の六連星の位置に、幸運のお知らせの象徴として6頭の蝶々に飛んでもらう。
この昴というモチーフに込められた、お子さんに向けたお父さんとお母さんの気持ちと、これから一家の幸せを願う気持ちを表現したいなと思って。
オーナーさんもOK!
どうやって彫るか?
ひとまず、保護テープでグルグル巻きにしてみた。
さあ、どう楽器を保持して、どうやって彫ればいいのか試行錯誤の日々。
スタンドに吊ったままがいいかなとかトライしてみたけど、結局発泡スチロールのブロックの上で彫る事にした。
中腰で30分位彫ってはストレッチして、楽器を動かしてはまた彫って。でも腰が〜〜〜〜。と、体力の限界があるし、いつもよりはるかに時間を要する。
でもまあ、なんとかちょっとづつでも彫れるぞ。
チャレンジには学びが多いね
以前は不可能と思っていたけど、なんとかできるものだねえ。
それに、今までになかった体勢で彫ったりしたせいで、新たなタッチの表現の糸口も掴めた。やっぱりチャレンジすると、学びは多いものだ。
という事で、ロマンチックな表現になりました。
中心にはイニシャル『S F』を隠し文字というか装飾文字的に配置。2つの文字で隠しハートマークにした。オーナーさんの熱いハートをイメージして。
また、6頭の蝶々のうち、イニシャルの左肩辺りの蝶々には奥様のイニシャル『K』をこっそり入れよう。幸運の女神として、この位置しかないだろう。
その他の蝶々にも、『六連星』の位置に。
いよいよ完成しました
苦心の作がやっとできあがりました。
腰が〜〜とか言いながらも、出来上がってみたら嬉しい。
さあ、最も重要なオーナーさんの反応はどうだろう。
再び我が家にお越しいただきました。
凄く喜ばれたみたい。そして、「家族に見せます!」と、なんだかすごく急いでお帰りになった。奥様の評価も気になるなあ。
後日、メールをいただきました。
お世話になっております。
先日さっそく家族に見てもらい、
いいじゃん!とのお言葉いただきました!
息子からも何だこれ!?
誰にやってもらったの??
っと興奮しておりました🎵また学生時代の後輩に見せたところ
オシャレ!との事でした。
その後は楽団の見学にも行きましたが、
皆様興味津々に見て、
写真も撮っておられました!
やはりサックスなどの彫刻はよく見るけれど
ユーフォニアムでは見たことがない!
こんな事やってもらえるんだね!
と驚かれていました。この度は本当にありがとうございました。
せっかく立派にしていただいた楽器、
腐らせないようこれからもたくさんの方に見て、
聞いていただけるよう頑張っていこうと思います。
はあ〜良かった。
ご家族の評判も良かったみたいだし、モチベーションも上がって、これからの音楽活動も楽しくなりそう!
僕の方は、新たなタッチのヒントを膨らませてみよう!