2022年5月、instagramのDMに外人さんから短い文章のメッセージが届いた。
『次回の公演ツアーで東京に行く時に、私のバスクラリネットのネックとベルに彫刻を彫ってもらえるかい?どの位の時間と費用になるかな?』

それはなんと、現代ジャズ・シーンをリードし、世界の音楽ジャーナリズムから熱い注目を浴びるサックス奏者マーカス・ストリックランド本人からだった。

彼が2018年にブルーノート・レーベルから出したアルバム『People Of The Sun』は、アメリカ音楽と西アフリカ音楽を融合したオリジナリティ溢れる作品だったし、僕は彼の演奏を2019年7月に丸の内のコットンクラブで聴いていたので、その凄さを肌で感じていた。

もう1回マーカスについて下調べが必要だなと、音楽評論家の柳樂光隆さんがNOTEに掲載していたマーカス・ストリックランドに関する記事を、再度読み直してみた。う〜ん、凄いね〜、興奮する。ちなみに、当時、僕は新世代ジャズの流れを柳樂さんの監修した「Jazz The New Chapter」という本で学んだと言っても過言ではなく、伝統的ジャズから現代ジャズの流れを学びつつ、そこに出てくるアーティスト達の音源を片っ端から聴いていった記憶がある。

さてさて、そこからは引き続きinstagram経由で本人の希望するモチーフの画像や映像をいろいろもらった。メインのモチーフは『ドラゴン』で、その他に西アフリカのシンボルとか唐草模様でとか、アイディアがちりばめられていた。

そして、その流れがとうとう実現する時がやってきた。

今年5月にブルーノート東京で演奏しに来日するとの事。その公演は、『クリスチャン・マクブライド・ニュー・ジョーン』だった。8度のグラミー賞に輝くクリスチャン・マクブライドが近年心血を注いでいる重要プロジェクトだ。

その公演当日、ブルーノート東京は超満席だった。フロア内を歩くとアーティストやライターさんにやたらと出会う。やはりこの公演の注目度はMAXだ。

もの凄いステージを見てしまった興奮を抱えたまま、マーカスに会いに行って、バスクラリネットのネックとベルを受け取った。

同時に、用意していたラフスケッチ2枚を見せながら、マーカスの方向性を確認させてもらった。

第一案はマーカスからの希望に忠実な案。西洋のドラゴンを両サイドに、真ん中は唐草模様で飾る。

第二案は、僕からのカウンター提案。instagramで最初の会話に出てきた西アフリカのファウォホディという「独立・解放・自由」を現すシンボルがセルマーマークの上に。そして、両サイドにドラゴンがいるものの、一方は西洋のドラゴン、もう一方は東洋の龍だ。

結論としては、第一案でいいんだけど、YASUが彫りたいのなら第二案の方向でもいいよというファジーな感じでお任せになった。

さらに、マーカスが僕に声をかけた理由や、ドラゴンの彫刻をいれたいと思った経緯を尋ねた。というのも、僕は表面的にはオーナーの希望の絵柄を彫刻しているのだけれど、その内面はオーナーの想いを彫刻に載せて楽器に刻んでいるようなところがあるので、コンセプトがあれば知りたかった。おそらく、彼の産み出す音楽に深い思想を感じるし、思想家のような佇まいを持っているので、必ず何かそこに至った考えがあるはずだと思ったから。ただし、特に理由がなくて、『それが好きだから』であれば、それはそれで迷いはなくなる。その答えによって、レイアウトやタッチが変わる可能性もある。

<問1>なぜ彫刻をいれたいと思ったのですか?
→ドラゴンのように、バスクラリネットは音楽家でない人にとって、とても神秘的な楽器です。ドラゴンのようにその姿は力強く、しかし使いこなすと多くの優しい恩恵を与えてくれます。

<問2>アメリカにも彫刻家はいるのに、森脇の彫刻に何を求めたのですか?
→私は、インターネットであなたの作品を見るまで、バスクラリネットに彫刻を施したいとは思っていませんでした。画像と楽器の輪郭の両方が細部まで丁寧に描かれていて、まさに私が求めていたものです。日本の桜や他の花柄なども、ドラゴンのイメージに良いアクセントになっています。

<問3>今回のコンセプトの起点となる音楽があるのでしょうか?自身のユニット“Twi-Life”など。
→そうですね、Twi-Lifeは、ジャズミュージシャンとしての通常の期待から脱却するための方法です。バンドは特定のジャンルに縛られることなく、その創造的なコンパスは私の遺産と影響によって導かれています。空を飛ぶ生き物は、私にとって自由を象徴するもので、歩く・泳ぐ生き物の通常の重力制限から解放されるのです。

<問4>なぜドラゴンですか?
→ドラゴンは常に私の想像力をかき立てるので、私の好きな楽器を持つには完璧な生き物です。

ちょっと和訳が変なところがあって正確ではないけど、まずまず概略が明確になりました。これでレイアウトや絵柄がやっぱり変わってきます。後は突貫工事になるけど、絵を描いて彫るだけ。それが大変なんだけど。

まずは彫る前のスッピン。

全体の肝になる、希望のドラゴンの下絵から。

彫ってる最中に、2度ほどマーカスからメッセージが届いた。「どんな具合だ?」とか、「待ちきれない。エキサイティングだ!」とか。そして、なんとか間に合って完成!

まずマークの右面には、マーカスから希望のあった西洋のドラゴンと唐草模様をレイアウト。

次にマークの左面には、いろいろ組み合わせて創作したドラゴン。頭は鳳凰のような鳥類、胴体は毛足の長い動物、尻尾は東洋の龍から来ている。

これはマーカスが伝統的なジャズの礎の上に、ヒップホップやR&Bをはじめとする様々なジャンルの音楽、アフリカの文化など様々な要素を取り入れてオリジナルの音楽を産み出している事からイマジネーションが来ている。どうしても普通のドラゴンにならず、いろんな要素を含むオリジナルを作る必要を感じたからだ。

そして、唐草模様はマークの右面から左面にかけて流れていく。これは原点となるジャズや西洋の音楽とジャズ以外やアフリカなど異文化との融合的なチャレンジという意味合いから来ている。最後はまた戻ってきたりと。

最後に、ベルの内側をゴテゴテにならないように彫り上げる。どうもグルッと一周彫ると美しさを感じないので、隙間を開ける。

久しぶりに限界を超えて頑張ったんだけど、マーカスがどう感じるか。思想家のような佇まいで、もの凄い音楽を作り上げる人だけに、評価レベルが高そうだからドキドキする。

結果は次の写真のように、メチャ喜ばれた。と言っても、哲学者のような静けさだけど。

その場にクリスチャン・マクブライドとドラムのナシート・ウェイツも来て、『ワオ〜』『Tattoo!』とかちょっと騒いで一緒に記念写真。

マーカスはその日のうちにinstagramに彫刻の写真をあげ、次のように紹介&宣伝してくれた。

日本を訪れるたびに、私は美学、共感、相互尊重の重要性を思い知らされます。私の新しいバスクラリネットのネック彫刻は、@yasu.moriwakiによるもので、彼の個人としての仕事と、彼の文化が育んだ細部へのこだわりの両方を記念するものです。東洋の蛇竜と西洋の翼のある竜を組み合わせた2匹の竜は、彼の作品の典型である印象的な植物のパターンで飾られています。真鍮や柔らかい金属でできた楽器をお持ちの方は、@yasu.moriwakiまでご連絡ください🐉 🌸 💥 .

結構な反響があってびっくり。嬉しい。

さあ、もっと高みを目指して精進だ。いつか世界に飛び立つ事ができるように頑張るぞ。