久しぶりにサックス全体の彫刻依頼をいただいた。ベル本体の横と先端、U字管、ネックに彫刻させていただく事になった。

楽器はセルマーのシリーズ2彫刻なしモデル。依頼主ご本人はヴィンテージのマーク6をお使いだけれど、なんと85歳のお父様が使用されている楽器だそうだ。この年齢でサックス演奏を楽しまれるというのは素晴らしい。

この楽器はそろそろオーバーホールが必要な段階で、せっかくだから、その際に彫刻をいれる事を考えられたとの事。私はリペアはできないので、オーバーホールはオーナーさんがいつも調整をされてるリペアマンに担当していただいて、彫刻だけ私が彫らせていただく段取りとなった。

ちなみに、僕は左手に楽器を持って、右手の彫刻刀で彫るというスタイル。サックスの場合は、そのままでは重た過ぎて保持できないため、U字管と2番管の間で外して、キーも外れた状態で彫る事になる。だから、全体調整も一緒にやる必要が出てくるので、今回はちょうどいいタイミングだった。

楽器の今現在の状態と今後について?

事前に彫刻後の経年変化についてもお話しておいた。

彫刻を彫ったところは、表面のラッカーが削れて地肌の金属が露出するので、後々は経年変化で色が変化してくる。表面がメッキ処理の場合は黒ずんでくる位ですむ場合が多いが、ラッカーの場合は若干荒れ気味になる可能性もある。元々セルマーのサックスは、オリジナルの製品自体が1回ラッカー処理した後に彫刻している楽器も多く、そんな状態になっているものをよく見かける。従って、そんな経年変化を楽しめるようであればいいけど、ピカピカが好きな方には後からの彫刻はお勧めできないのだ。でもそれも大丈夫との事で進めていった。

楽器の状態をお伺いしたところ、既にラッカーが剥げているところもあるとの事だった。いっその事、ラッカーを全部剥離して酸化皮膜をつける方がいいのかとか、彫刻後に金メッキをかけるのが良いのかとか、いろいろ相談検討の結果、彫刻の後はそのまま経年変化を楽しんでいかれるという事で落ち着いた。参考までに、後日到着した楽器の様子を撮っておいた。

ついで話だが、この経年変化を年季が入ってきたと楽しむ心持ちについては『侘び寂び』という言葉が当てはまる。自分でもあまり明確ではなかったのでいろいろググって調べてみたら、やっぱり素敵な意味をもつ風流な言葉だった。

  • <侘び> 置かれている状況を悲観することなく、それをむしろ楽しもうとする精神的な豊かさを表現した言葉。
  • <寂び> 内面的な本質が表面的にあらわれていくその変化を美と捉える概念。この世のものは、経年変化によって、さびれたり、汚れたり、欠けたりしする。一般的には劣化とみなされるけど、逆に、その変化が織りなす、多様で独特な美しさを表現した言葉。

どんな絵柄をご希望ですか?

オーナーさんから、僕の最も好きな『桜』をモチーフにしてとオーダーいただいた。これは嬉しいばかり。一応ラフラフ画を描いてみたが、実際は楽器を見ながらインスピレーションでレイアウトしていくので、全く異なってくる。オーナーさんにはその旨をお伝えしておいたが、本当の意味ではラフ画を描けないので、今回のポイントをお伝えしておいた。

  • 1.ロゴマークの周囲を非対称に彩る。グルッと囲まないで隙間を作る。
  • 2.ロゴマークの右下当たりの花びらから唐草模様の流れがメインのポイントになりそう。
  • 3.左から、前から、右から見た印象がそれぞれ異なる雰囲気になる空白空間を作る。
  • 4.花びらばかりでなく、唐草模様の曲線の流れが綺麗に見えるポイントを作る。
  • 5.ベル先端は、ベル本体の流れを受けて、右下をメインに1/3〜2/5位のエリアに抑える。
  • 6.U字管は、ベルの流れを受けて前面よりで収め、2番管寄りは空白をとる。

追加モチーフのご希望が

楽器が届く前のタイミングで、以前トランペットに蝶と唐草模様を彫らせていただいた画像をTwitterにアップしたところ、それをご覧になったオーナーさんからご連絡があった。

「先日の蝶は素敵です。我が家の家紋は隅切り角のアゲハ蝶なんですよ。」と家紋の画像を送っていただいた。

これはオーナーさんならではの大事な要素なので、モチーフとして是非とも盛り込みたい。一緒に音楽を奏でていく楽器が、オーナーさんにとって唯一無二の相棒としての証であるためにも。

という事で、『桜が満開の中を蝶が舞う』というコンセプトに決定!

さあ彫りましょう

まずは、ロゴマークの周りからスタートした。やっぱりここを決めておかないと、他の部分に繋がっていかないから。

次にその右側。この楽器にとってメインの見どころとなるところで、桜の中に蝶が2匹舞ってもらう事にした。異なるアングルで、羽の模様も変えてみる。

asax-220708-00

次に、U字管だ。これはベルからの流れを受けている。桜の花の可憐さだけでなく、唐草模様の流れるような雰囲気も盛り込みたい。

次に、ベルの先端。ベル横面からの流れを受けて、右下に寄せてレイアウトし、さらに右上に花びらが舞っている景色にする。

最後に、ネックの彫刻。ベル本体にかなりがっつり入っているので、それらの流れを受けて、スッキリした雰囲気に仕上げる。

完成!

さあ完成しましたよ!今回も、今現在の自分の持てる力を全て出し尽くしました。ふう〜。

という事で、早速リペアマンさんに返送して、自分の担当は終了。

オーナーさんから

後は、オーナーさんの評価が一番大事。ラッカーが剥げて既に酸化して変色してる部分も、何やら味わいがあっていい感じがするけど、果たしてオーナーさんはどう感じられるかな。

後日、リペアマンさんのオーバーホールも完了して、オーナーさんの手元に戻った。久しぶりの再会は果たしてどうなったのか〜〜〜〜。感想と写真が届いた。

先ほど再会しました。
まったく別人のようになって帰ってきました。感謝!
桜と蝶のモチーフ大正解でしたね。
全体的に空白とのバランスも良く、ただただ見惚れてしまいます。
今日は寝れないかもしれません。
世界でただひとつの特別彫刻を施した楽器。
練習も一層楽しくなりそうです。
この度はありがとうございました。

喜んでいただけて良かった〜!
まだまだ進化が必要なので、いろんな彫り方を研究してみようと思う。
悩みどころだけど楽しみでもある。