さてさて、彫刻を施すと管楽器への影響はあるのか? というのは気になる点かと思い、考えているところをお伝えしたい。

まず一言でいうと、物理的に影響はあると思われるが、問題はどのような影響がどのレベルであるか?という事だろう。

というのは、管楽器の種類によるが、プロが使う楽器はハイグレードのものには彫刻が入っている事も多く、その方が豪華に見えて好まれるものでもあるからだ。彫刻があるから不具合が出て、彫刻無しのものを使う事にしたというプロの話をまだ聞いた事がない。

<外観上の影響>

最初に明確な影響として言えるのは、外観上の問題だ。楽器を使用していると、必ず経年変化が生じる。表面にラッカーやメッキ等かかっている楽器が多いが、それらも剥げてくる。そしてサビが生じたりする。製品に後から彫刻を入れた場合や、メーカーによってはラッカーやメッキ等の表面処理の後に施されるところもあり、そういう場合はラッカーやメッキ層を金属と一緒に削っている。従って、サビの生じる順番は、その彫刻部分からは早めで、さらにポストなどをロウづけ(ハンダづけ)してる境目からもくる。そのうち、ラッカーも剥がれてくるので、全体的に輝きが薄れ、年季が入った感が出てくる。

ジャズやポップス等の人はプロを含めて「そういうもんだ!」と思っている人は多いのだが、クラシック系の人は買ったときの状態のままキラキラしているのを好むかもしれない。もしちょっとでも経年変化が早まるのが嫌な人は、後から彫刻を施さない方がいい。ちなみに、製作年度により異なる可能性があるが、世界最人気のメーカーの管楽器も表面処理後の彫刻だったりするので同じだ。

<ピッチ(音程)への影響>

私自身、ある管楽器メーカーに在籍時に試作品や製品テストの立合いをする事もあったが、彫刻の有無や量でピッチが気になった事がないので、あるとしても極小なんじゃないかと想像はしている。彫刻有無の影響に絞った実験を行ったわけではないので、何かそういう実験データがあれば見たいなと思う。サックスに関しては、上から下までその音の設定通りにピッチが寸分狂いもないという製品はいまだ開発されてなくて、多少なりともずれているのを吹き手の努力で合わせる事になるので、そちらの方がはるかに大きいとも思える。製品の個体差や調整による影響も大きいので、一概に言えるものでもない。

物理的にピッチへ影響する要素としては、リップの音源からその音の波長に影響する管の先までの距離、もしくはトーンホールまでの距離が最大の要因で、彫刻の有無による厚みの変化はその距離に比較するとかなり小さく、ピッチへの影響は非常に小さいと考えられる。ちなみに材料の厚みは、サックスで0.75mm近辺で、トランペットで0.3mm近辺が標準的なところか。メッキの厚みが10μm(=0.01mm)とすると、普通の彫り方でそのメッキの厚み分位の深さだろう。他にも空気の動きの圧力的な影響を考えると、トーンホールの大きさ、キーの高さによる圧力変化による音質の影響もあるので調整による影響の方がはるかに大きいと考える。

もし彫刻でピッチがずれて困るのであれば致命傷なので、彫刻を入れるメーカーはないはずなのだが、そのような事態にはならず、高級品ほど豪華に見える彫刻を入れるのだ。

<音質や鳴り、吹奏感>

前述のメーカー時代の試作実験や製品テストを経て、ラッカーやメッキの有無、素材の厚み等によって、さらに部品の大きさやポストの形状・数等によって、音質や鳴り、吹奏感が異なる事は断言できる。ただ、それがどの位のレベルかという事と、どちらが好まれるかというのは別の問題だ。目指す音楽の傾向や個人の好みにも影響される。

<過去の後入れ彫刻の場合>

彫刻の有無の影響は、同じ楽器に彫刻を入れる前後で比較するしかない。だから、オーダーをいただいて彫刻の完成品を届けた後に、必ず尋ねてきた。「音質やピッチや吹奏感など、何か変化ありましたか?」

ほとんどの人は「違いは分からない」「変わらない」だった。あるプロのトランペット奏者からは、「たぶん吹いてる自分にしか分からないと思うけど、かすかにザラッとした成分が入って来た感じがする。それは自分が好む方向で、ピッチや吹き心地に変化はない。」という反応もあった。

従って、私の認識としては、表面の変化は音質に影響はあるはずだが、ほとんどわからないレベルで、調整や楽器の個体差よりはるかに小さいだろうというという考えでいる

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