最近、フルートのリッププレートに彫刻のオーダーをいただく事が増えてきた。唇が滑らないように皆さん気を遣っていらっしゃるようで。
 確かに、今まで彫らせていただいた方からは「滑り止め効果がある」とは伺っているが、人によったり、汗のかき具合とか状況によって効果のほどは変わるかもしれない。

 さて、今回はムラマツのSRという総銀製モデルのフルートのリッププレートに彫刻のオーダーだった。やっぱり滑り止め効果も期待してとの事。

 そして、絵柄については『鈴蘭」をモチーフにとのご希望だった。
 その理由は下記のように、とても深い歴史と愛情が秘められていた。

 モチーフの鈴蘭につきましては長くなるのですが。

 祖母(東京生まれ)の父が北海道の開拓に任命され、幼少の頃、家族で北海道に移り住んだそうです。
 その後、呼び戻されて本州に帰るとなった時に、北海道で嫁いだ祖母の姉や、仕事を得ていた兄弟などはそこに残り、祖母は本州に戻ったそうです。
 時代も時代で、二度と会えないかもしれないと覚悟もあり、庭の鈴蘭をひと株大切に持ち帰ったそうです。
 戦火や引越しの時も守り抜き、祖母が嫁ぐ時も一緒に。
 その鈴蘭が受け継がれて、今も季節になると咲いてくれます。
 花の見頃はほんの短い期間で、その後、緑の葉は美しいですが、秋から冬の間は全く何もなくなります。
 祖母が存命の間は、土だけになった花壇を見ても何も思わなかったのですが、3年前に他界したのちは、何もない花壇を見るたび不安になりました。
 でも、自然の力は素敵ですよね、生命力強く、有難いことに今年もちゃんと花を咲かせてくれました。

 SRは、その祖母が買ってくれたフルートです。

 とてもエレガントな人で、優しく、美しく、強く、厳しいを兼ね備えていました。
 10月には祖母の3回忌があり、ちょっとしたファミリーコンサートをする予定なので、その時にみんなにお披露目できたらと考えています。

 なんて素晴らしいエピソードでしょう。泣ける〜。映画の脚本が書けそう。
 お声がけいただいたからには、精一杯、そしてご期待を超える作品を仕上げなければ!!!

 なんとなく鈴蘭はこんな花だっけな?位の記憶しかなかったので、いろいろGoogle先生とかPinterest博士のお力も借りて調べてみましたが、なんとも可愛らしく可憐な花だ。

 いただいたエピソードと相まって、イメージが湧いてくる。ただし、この小さな花が綺麗に見える絵柄は、大きな花とは違って意外と難しいかもしれないと思いつつラフ画を描いてお送りした。

1.唐草模様で全体の基礎を構成し、その中に鈴蘭がチラホラと咲くパターン
2.鈴蘭が多めに咲いていて、唐草模様がその後ろで支えるパターン
3.1&2は下側中央からの流れだけれど、逆に上側から降りてくるパターン

 上記の中で、オーナーさんは2番をご希望だったので、鈴蘭が多めの構成で考えることとした。
 そして、いろんなパターンで試し彫りをして、なんとかこれでいいんじゃないかという彫り方で心を決めた。

 実物のフルートは、綺麗にお手入れされていて大事に使われている事がすぐにわかる。

 事前の準備としては、まずは彫らない部分は保護テープで覆ってしまう。
 次に、油性ペンで下絵を描く。
 が、最近、全てを描いてしまわず、まずはメインのポイントとなる部分と、その次に彫りたい部分をある程度描くにとどめるようになった。後は、彫ってからの感覚で次を決めていくという手順だ。何故かその方が自分の期待をも超えられる自由度がある気がするから。
 そして、使用する彫刻刀を磨き直す。この作業は非常に大事だ。精神の落ち着いた状態でやりたい作業だ。これまた独学なので、できれば日本刀の研ぎをしているところを見学したいと思いながらまだ機会がない。細かい技術論としては違うところがあるかもしれないけど、その心持ちなどを学んでみたい。

 やっぱり、多くの花が咲き乱れて一つの美しさをつくっている様を表現するのは難しいなあ。と思いつつ、何度も下絵を描き直しながら彫り進んでいった。

 そんな中で、オーナーさんからのお話しを伺った上で、自分なりにどうしても盛り込みたかった2つの要素がある。

  • 蝶々:最近よく彫っているモチーフで、『吉兆のサイン』としての象徴だ。何か良い事や幸運が訪れますようにという願いとして。
  • 星型:鈴蘭を正面から見ると、なんだか星型に見える。『希望の星』とか、六芒星の『幸運や魔除けの象徴』的な想いを込めて。

オーナーさん一族が北海道開拓時代に持ち続けられたと想像する『希望』や、お祖母様が望まれたであろう、一家の『家内安全』や『幸運』を、鈴蘭とともに、この2つのモチーフに込めたかった。

 いろいろ考えて、考える時間の方が彫る時間より長くなって、当初の予定日をオーバーしてしまったけれども、やっと出来上がりました。

 さあ、オーナーさんに気に入っていただけるでしょうか? 早速、しっかり梱包して宅急便で送らせていただきました。

 後日、下記連絡メールが届きました。

おはようございます♪
とてもエレガントで可愛らしい図柄でした!

実は、名前にちなんで、たくさん彫ってらっしゃる桜も素敵だなぁと考えていたのですが、シルバーのSRはやっぱり鈴蘭に!と決めて良かったです。希望通り、それ以上の素敵なデザインをありがとうございました‼︎

お手入れについても教えていただきありがとうございます。無水アルコール、用意して綺麗を保てるようにいたします♪

滑り止めに関しては、昨日、エアコンの効いた部屋で気分良く吹いてる分には、滑らなかったです! ただ、本当に滑るなと感じるのは、汗とか、焦りとか、緊張とか、その要素にかなり左右されるので、もう少し使ってみて新たな感想があったらお知らせしますね。

 ちなみに、ツルツルなところに比べると、彫刻の凹凸部分には構造的に汚れが溜まりやすくなるので、使用後にアルコール消毒をお勧めしている。但し、アルコールは楽器の金属部分には使用可だけど、その他の素材(プラスチックや革・木等諸々の素材)には使用NGなので要注意だ。溶けたり、割れたり、変色したりする可能性があるので、迂闊には使えない。
 また、滑り止めのレベルについては、今後も確認していきたい。

 ひとまずは安心かなあ。10月のお祖母様の3回忌に開催されるファミリーコンサートでお披露目されるそうだけど、皆様に希望や幸運が訪れますように。きっとお祖母様も聴いてらっしゃるでしょう。