最近、プロトランペット奏者の秋山璃帆さんとお知り合いになった。
彼女は、トランペット奏者・作曲家・編曲家・モデル・脚本家として多面的に活躍中。また、ご自身を『和ファンタジックトランペッター』と称しているように、ビジュアル面でも大正ロマンが好きだったり、なにより僕と同じく『桜』好きで、そこからのご縁だった。
彼女の昨年の興味深い活動の一つに「30日間チャレンジ企画」があった。プロのホルン奏者と楽器を交換して教え合い、30日間でプロレベルまで上達できるか挑戦するというものだ。流石に一つの楽器でプロのレベルで活動されてる方は、他の楽器の習得も早いものだと驚きだが、もう一つ驚くことに新品のホルンも購入された。そして、このホルンに桜の彫刻をいれる事になった。
僕はホルンを彫った事がなかったので不安を覚え、知り合いのリペアマン(いつもの石井さん)にホルンの特に板厚について尋ねてみた。どうやらメーカー・機種によって事情は異なるようだ。板厚の厚いものや薄いものがあるらしくて、一番薄いものだとベルの部分がトランペットよりも薄くて危険との事だった。
後日、秋山さんから連絡が届いた。機種は「アレキサンダー103」との事。ピンポーン!!なんと、ベルが薄すぎて彫刻は難しそうと聞いていた機種だ。これはもう乗り越えるべき運命としかいいようがない。今までもあったが、こういう初めてとか難度高い題材は自分の大きな成長にも繋がるので、まずは喜ぶべき事だ。
後日、秋山さんにお越しいただいて、どんなコンセプトにするかを相談した。その様子は下記YouTube映像でご覧いただける。この難関に挑むコードネームは『ホルンに彫るん?』だ。
いくつか重要な項目が出てきたので箇条書きにまとめる。桜がテーマなのはもちろんの事なんだけど、いろんな秋山さんならではの要素が出てきて非常に面白い。
1.桜がテーマ
2.川の水面に落ちて流れる様子を入れたい
3.鳥居を入れたい
4.3つのキーにも彫刻を入れたい
5.本体とベルを合わせる目印を入れたい
調べてみたら、川の水面に浮かぶ桜の花の様子を『花筏』というそうだ。なんて素敵な言葉なんだろう。風情があるなあ。そして、故郷が鎌倉で、鶴岡八幡宮が思い出深い場所との事。空からの風景を想像してみたのだけれど、桜が満開の中、鳥居とお社がちょっとだけ覗いて見えるような雰囲気が良さそう。それに鶴岡八幡宮の境内にある源平池の桜は名所として知られているので、このあたりに花筏があるとぴったりだ。
ということで、まずは問題なさそうな本体から彫り始めた。
ところが、すぐに想定の甘さを思い知ったのだった。ちょっと説明が難しいが、楽器と彫刻刀の的確な角度を維持するためには、楽器を縦や横や斜めにしたり、さらにそこから左右上下の角度をスムーズにずらしていく必要がある。ホルンは大きく、グルグルっと強度の弱そうな構造なので、トランペットのように片手で持って角度を変えていくという事が不可能だった。でも結果としては、彫刻刀のコントロールの力の掛け方と、簡易的な楽器の保持の仕方を新たに工夫してなんとか乗り切る事ができた。
もうひとつ、キーの彫刻に関しては、動く部分なので普通に考えると部品を外さないと彫れない。しかも材質がわかっていないので、硬いやら柔らかいやら不明なのでいきなり彫るには危険が高いところだ。結果としては、部品を外さないで彫ったのだけれど、これまた良い経験になった。
さて、いよいよ、最危険領域のベルの彫刻だ。ここは持ってすぐわかったけど、薄い。限りなく薄い。(秋山さんから後日聞いたのだけれど、アレキサンダーの国内での補修を請け負っているヤマハの方から、アレキサンダー103のベルは薄すぎて彫刻できないだろうと言われたそうだ。)
彫刻を始めたばかりの頃、彫刻の練習をしていて何度も凹んだ事を思い出した。試作のベルや自分のサックスだったから良かったけど、裏側を見て目ん玉が飛び出る思いだった。今回はそれから35年ぶりに凹みを出してしまうのか?しかもお客様の楽器に?という恐怖が蘇ってきて、彫刻刀を楽器に触れるまでに時間がかかってしまった。
まず一刀目、70%位の力で最初の線を彫ってみた。彫っている最中に、裏側に左手を当てて変形の度合いを図っていたのだけれど、どうも危ない気がする。という事で50%位の力で彫る事にした。結果としては、なんとか最後まで彫り切る事ができてほっとした。いつもは淡く見える線も組み合わせて彫っているのだけれど、今回は彫りが浅くて印象薄い感じになってしまうと予想して、全体的にハッキリクッキリ目の線で構成する事にしたので、それほど落差を感じないで済んだかな。
想定より期間を要してしまったけど、なんとか完成。後日、このホルンを持って秋山さんに納品した様子もYouTube映像に納めたのでご覧くださいな。
結果、秋山さんには喜んでいただいて、こちらとしてもホッとしたし、とても嬉しい。
今後、秋山さんがトランペットと共に、ホルンも自分の相棒として活躍される時、桜の彫刻に込めた『愛』『和』『美』『幸せ』などの想いが多くの人に届くだろう姿を想像するだけで嬉しくなる。
一方、ちょうど僕は彫刻にかける思いを新たにしている時期で、今後大きく羽ばたきたいと思っていただけに、このチャレンジはとても嬉しい機会になった。このチャンスをくれた秋山さんにとても感謝している。僕もさらに努力精進して、多くの方々や音楽の神様や彫刻の神様の応援をもっともっといただけるよう、一彫入魂だ!