珍しいトランペットの彫刻依頼をいただいた。その楽器の名は SPADA BJ1。初めて聞いた。トランペット関係者はご存知なのかもしれないけど、超レアな楽器らしい。SPADAというのはチューンナップメーカーだそうだ。トランペットの世界はバラエティに富んでいるなあ。サックスとはちょっと状況が違う。

このモデルは構造も凄いが表面処理にも特徴がある。銅メッキ→銀メッキ→18金メッキ→24金メッキと、他に聞いた事ない多層メッキが施されている。凄いわ。ヘビーモデルらしく、吹くのが大変そう。彫るのはどうかな?
24金というと、以前フルートを彫った時の印象で、意外と硬かった覚えがある。きっと初めての感触があるだろう。

オーナーのご希望は桜の花だった。デザインはお任せで大丈夫との事。ただ一つの懸念点は、表面処理でヘアラインが入っているので彫刻の線が目立たなくて綺麗にならないんじゃないかという事。でも僕は、多少印象薄めになるかもしれないけど、それはそれで綺麗になりそうな予感はしていた。

後日楽器が届いた。重い!凄くヘビーな楽器だった。きっと芯の密度の高い音が出るのだろうなと想像したりする。一つ一つのパーツは角アールをあまりつけてないし、削り出したままのオリジナルレアなイメージがする。全体イメージはこだわりのチューンナップを施されてるがゆえの独特のハードな雰囲気を持っているので、ここに彫刻が入ると対比的なうまいバランス点が生じそうな気がする。

このモデルはロゴマークの刻印が入っていないので、彫刻のレイアウトには自由度の高さがある。その分、どうしようか迷いも生じた。こういう場合は、キモになる中心部分を先に決めてあらかた彫ってから、次に周囲を考えていく。

ちなみに、僕の感覚の特徴として、『左右非対称』『ばらつきを大事に』『余白をつくる』『見る角度によって表情の変化がある』というような方向が好きなので、今回もそのままの流れで考えていった。

彫り始めは、前述の24金メッキという事と、ヘアラインが入っているという事で、少々緊張気味でスタートした。

おおおお〜〜〜〜〜〜〜、これが危ない〜〜〜〜〜!
凄く硬くて強い反発力がある。あまり管体が変形せずに彫刻刃の刃が潜り込んでいかなくて、滑りそうな危険性を感じる。こういう時はあせってはいけない。自動車の場合に雪道の急なアクセルやブレーキが滑ってしまうのと同じで、ここでも急な力の増減は厳禁だ。一本の楽器の中でも、アールのきつさや形状など、パーツによって硬さ(柔らかさ)も変化するので、気をつけないといけない。彫刻刃の刃のアールをなんどか研ぎ直して、セッティングを決めて行った。今の僕の彫り方は、直線的な彫り方よりも滑りやすいので、特に注意深さが必要だ。ちなみに、調子の悪くて感覚の鈍い日はスパッとあきらめる事もある。

なんとか滑りそうな怖さを克服して彫り上がったけど、想定より時間がかかってしまった。元々表面にヘアラインが入っているためか、彫刻の印象が淡い雰囲気になる。その方向性を活かしたくて、彫り方もパリッと輪郭のはっきりした線と、揃わない消えそうな線を混ぜて、見えたり見えなかったりという要素を加えた。結果として優しい印象が出てきて、楽器の『剛』に桜の『柔』がうまくブレンドして上品な雰囲気になったんじゃないかな。我ながら凄く綺麗にあがった気がする。

ベル横の後に、その印象を受けてベル先を彫る。このモデルはベルが大きくていつもと違う感覚が新鮮だ。ここをグルッと一周彫ると余韻が残らないので、いつものことだけど余白をたっぷりとる。ちなみに、散って落ちた花びらはどうしてもハートマークのようになってしまうので、これはもう個性と見てもらうしかない。

最後に、マウスピースを差し込むレシーバー部分にアルファベットで名入れをした。この楽器の中で最も曲面アールが小さくて、滑りやすくて危ないところ。最も緊張するところでもある。いきなりここだけというのはちょっと難しくて、他のパーツを彫って特性をつかんでからでないと危険度が高くて避けたいところだ。だけど無事終わってほっとした。

オーナーさんに楽器を返送して、お返事が届いた。

実はサンタを待つ子供の様に、ずっと来るのを楽しみに待っていらしたとの事だった。それはそうだよね。大事な楽器だからこそ。そして、下記のように・・・・

『絵柄は想像していた通り、ゴテゴテでは無いですが、ベル下まで綺麗に咲いていて、想像以上に素敵な物でした。しかも心配していたブラッシュドに彫刻でしたが、光の反射が柔らかくなって、優しい印象が際立って素敵です。 本当にお願いして良かったです!名前も細かいところにありがとうございました。 本来ならお会いしてお礼したい所ですが、コロナで東京にも帰れずlineのみですみません。 これからもご活躍を応援してます。私もこの楽器で頑張ります。』

嬉しいなあ。こんなに喜んでいただけるのは、ほんとに嬉しい。これからももっと進化していかねば。一彫入魂!