今回はトランペットのフル彫刻。

 オーナーさんは鎌倉にお住まいの方で、地元に縁のあるモチーフをご希望だった。さらには、お嬢様お二人が見事大学合格された記念を記したいとの事。これは自分にも娘がいるので、非常によくわかる〜気がする。きっと家庭内は喜びでキラキラしているはず。

 モチーフのご希望を整理すると、下記のようになる。
1.家の書斎から見える、『大船観音様』
2.地元の鎌倉ではあちらこちらで綺麗に咲く『白木蓮』
3.お嬢様お二人の大学合格記念に、地元の『玉縄桜』を二輪同じ大きさで

大船観音様
鎌倉の白木蓮
鎌倉の玉縄桜

 さて、彫刻をいれたいご希望のトランペットは、YAMAHAのYTR-6330B(ゴールドラッカー)。

 いろんなメーカーや機種を吹かれた結果、ここ10年位はこの楽器の吹奏感が気に入って使用されてるそうだ。

ご愛用のYAMAHAのYTR-6330B(ゴールドラッカー)

 そしてロゴ周りの参考として、KINGの彫刻の写真と、ご自身の描かれたイメージラフ画を事前にいただいた。

 後日、いただいた資料をベースにZOOM打ち合わせ。
 オーナーさんの想い、普段の活動、好きなアーティストなどのお人柄がわかる内容から、今回の彫刻の絵柄についてのイメージ共有まで幅広い話題になる。

 先にお断りしておきたい事もあった。
 KINGの彫刻はロゴマーク周辺を小さいエリアで左右対称形に囲んで美しくデザインされているけれども、私の場合は逆にできるだけ左右対称にしないようにしている。
 ロゴマークを囲んで左右対称なエリアに彫刻するとしても、周囲を線で囲んだりもしないし、花や唐草模様はあえて非対称にして、自由な広がりや流れを感じたいから。

 結果、ありがたくも表現はお任せいただけるという事でご了承いただいた。
 いつもながら、オーナーさんとの話は楽しい。こういう事がモチベーションになる。

 楽器を早めに送っていただいたので、眺めながらラフ画を描いてみた。ただし実際に彫刻を進める際は、楽器に向かった時のインスピレーションで模様を描いていくので、あくまでイメージでしかない。

 いただいたKINGのイメージに比較的近い考え方として、ロゴマークの周囲に縦長の変形菱形エリアを考え、その中に左右非対称に花や唐草模様をレイアウトしていく。ベル横面の一点鎖線は実際に彫るわけではない。

 またベル先端(内側)に関しては、私の感覚のまま非対称的にレイアウトした[3]と、あえて左右対称的にレイアウトした[4]で、ご希望の方向性を確認してみた。

 早速、オーナーさんからお返事をいただいた。

 まず、ベル先端(内側)については、非対称[3]タイプでOK。

 そして、ベル横面については、華やかで大変良い感じだけど、菱形に納めるよりも、先端から細くなってる近辺まで全面的に彫刻を入れたいとご要望があった。
 イメージとしては、50〜60年代のコンボ系ジャズマンの楽器のような、または昔のヤクザが背中全面に入れた刺青のような、不良っぽいゴテゴテ感も盛り込みたいとの事で、近いイメージサンプルとしてMartinと私の参考画像をいただいた。

 これはこれで、自分にとってやりやすくもある。
 自分の方向性としては、全体に流れるエネルギーのうねりを意識したり、疎密を含んだ変化に富んだ表現を目指しているから。
 ちなみに、自分が勝手に師匠とするのは、漫画家の井上雄彦氏。お会いしたこともないけど、氏の墨で描かれた作品達が遥かに望む頂きとして見えている。他にも、日本の伝統的な水墨画や、エミール・ガレの花瓶の美しさにも影響を受けている。




 さあ、スタート!実際にトランペットに大体の下絵を描いてみよう。
 最初に全体のエネルギーの流れを、次に重要ポイントを考える。横面の中でキーになるのは、大船観音様の位置と、白木蓮の位置だ。白木蓮はいろんな表情を見せたい。大体の全体の流れもイメージできた。

 という事で、いよいよ彫ってみる。どんな風になるか?楽器の素材や表面処理、形状などによって力の入れ方やタッチも変えないといけないので、初めて彫刻刀で触れるときはドキドキだ。

 ところが、最初の一彫りで、管体が凄く薄くて柔らかそうな手応えを感じた。これは要注意だ。このYAMAHAのYTR-6330Bというモデルは特に薄いのかもしれない。しばらく慣れるまで時間を要するが、ピッタリ感覚が合った後は何も考えなくても凹みが出ないような力加減になる。

 最初にポイントとなる白木蓮を彫った。その周囲の流れはその時のインスピレーションを優先してどんどん変更してのがいつものやり方だ。

 白木蓮の花が彫れたら、次に今回の最難関かと思われる大船観音様に取り掛かる。

 でもここで、またもちょっと立ち止まる事になった。見えるままに近い線で彫るつもりだったのだけれど、どうもお顔正面が全面はっきり見えてしまうと、存在感が凄すぎて仏教系の絵画のような雰囲気が出てくる。これはどうなんだ?

 頭を整理したくてオーナーさんにメールで相談してみた。
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 大船観音様の存在感が強くて、以前いただいたイメージのように前から全面描くと、仏教系の絵画かな?というような色が濃くなります。
 それがお望みであれば、そのまま進めようと思います。

 一方、鎌倉の風景の特徴の一つとして考えられるならば、ちょっと工夫を入れたいと思います。具体的イメージとしては、手前に木々があって、その向こうに大船観音様が覗いて見える感じがいいかなと。絵柄では、大船観音様のお顔の手前に唐草模様がかかるようにして、お顔は6〜7割見える感じです。
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 オーナーさんからのお返事は後者だった。観音様に愛着はあるけれども、「さりげなく見守っていてくれる」くらいであって欲しいと。

 なので、大船観音様にロゴマークのすぐ上で見守っていただくのはそのままだけど、周りの唐草模様の流れを変える事にした。手前に唐草模様があって、その向こうにお顔がチラチラ見える雰囲気ね。それに、お顔自体は若干だけど人の顔に近いアレンジを加えた。

 この難関を越えると、後は自然な流れで横面全体ができあがった。

 中盤が自分の思うピッタリより若干濃いめの密度になったけど、見る方向によって異なる表情が見えるようにしているので、人によって異なる好みの範疇で収まったかと思う。オーナーさんに気に入ってもらえると嬉しいけど。

 最後に、先端(内側)だ。

 ここには、二人のお嬢様の大学合格記念という大切なモチーフを盛り込む。
 ラフ画よりもっといいレイアウトが出てきそうな気がしていたので、再考する事にした。

 二輪の桜花は同じ大きさで仲良く並んでもらおう。そして、流れに乗って花びらが右肩上がりに上昇していくというおめでたい雰囲気だ。うん、こちらの方がピッタリくる。

 気持ちが決まったので、一気に彫り上げた。最後に桜の花びらに舞っていただく。いつもの事だけど、僕の場合は桜の花びらが必ずハートマークになってしまう。

 最近勉強したばかりだけど、日本刀や神社・伝統的な日本建築にはいわゆるハートマークが入っている事がある。
 これは、『猪目文様』という名称で、魔除けや福を招く護符の意味合いがあるそうだ。
 自分もこの伝統にならって、このハートマーク(=猪目模様)に二人のお嬢様にとっての魔除けや福を招く護符の意味を込めている。

 さあ、今回も今現在もてる力の全てを盛り込んだ作品になった。

 後はオーナーさんの反応がどうかだ。大船観音様も白木蓮もアレンジが入っているし、オーナーさんの「刺青のような、不良っぽいゴテゴテ感も盛り込みたい」という気持ちに応えられたのか?

 すぐに返送したので、おそらく明後日には結果がわかるだろう。

 翌晩、オーナーさんからメールが届いた。
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 本日楽器を受け取りました。ありがとうございます。彫刻刀による手彫りとはにわかに信じがたい精密な彫刻に驚嘆しております。

 ベルの根元から先端に向けて、徐々に白木蓮の花が蕾から満開へと開花していく様子、また二輪の玉縄桜の大きさやバランス感もイメージ通りです。マーチンにもキングにも無い、水墨画や蒔絵にも通じる日本的で繊細な雰囲気が感じられます。

 観音様は「あの観音様」として十分なクオリティでありながら、どこか男性的というか、見ようによってはラテン系のちょいワル親父っぽいムードも感じられ、話題性もあり絶妙なスパイスになっていると思います。

 この楽器(ヤマハのティル・ブレナーモデル)は非常に軽く、狭い室内で吹いても耳障り感がないので、大変気に入っています。年老いて他の楽器をすべて売り払っても最後の一本として残そうと思っています。

 美しい彫刻に見合う美しい音を、姿勢を正して美しい所作を…という気持ちに自然となり、従来よりも緊張感を持って練習するようになりました。まずは取り急ぎ御礼申し上げます。
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 ヨッシャアっとガッツポーズが出てしまう。まずはホッとした〜。

 トランペットの彫刻のレイアウトについては、まだまだ可能性がありそうで、次に訪れる依頼を楽しみにしながら、日々精進だ。