今回のオーナーさんは、年齢を経てからアルトサックスを始めた方だ。昔と違って今は音楽教室も増えたし、年配の方でも楽器演奏を始める方が多いのは素晴らしい事だ。

楽器はオーナーのお嬢さんが以前使用されてたYAMAHAのYAS-62で、ネックのみG1-GP(ゴールドプレート仕様)に変更されている。お嬢さんの思い出が詰まっていて大切に使われているけど、今回はそれをベースに自分用にカスタムしたいとの事だった。ご希望内容は下記のようなところ。

<アルトサックス・ネックのカスタム内容>
1.オクターブキーのみピンクゴールドメッキをかける
2.ネック本体に桜か百合の彫刻
3.オクターブキーに彫刻(絵柄はおまかせ)
・マークの上下
・タンポがついてる丸い部分

本体はゴールドプレートでオクターブキーだけピンクゴールドプレートという組み合わせは見た事ないけど、若干の色違いがアクセントになるだろう。
彫刻に関しては、自分は桜を彫るのがライフワークみたいなところがあるので、こういう場合はどうしても桜になってしまう。

後日、オーナーさんからネック実物が届いた。

今回は本体もオクターブキーもメッキの上から彫る事にしたので、まずはオクターブキーにピンクゴールドメッキをかけるのが先だ。
オクターブキーのバフ研磨からメッキ加工、コルクの巻き直しなどは、いつもの石井管楽器さんにお願いした。石井さんは細かいところまでよく気が行き届いているので、安心してお願いできる。

約半月後、オクターブキーのピンクゴールドメッキが終わって戻ってきた。ネック本体とオクターブキーの色が微かに異なるという初めて見る組み合わせだ。写真ではわかりにくいけど。

さて、本体に桜を彫っていく。これはいつも変わらない手順なのだけれど、予めどのように彫るかは決めていない。

まずは下絵を描く。楽器を持って、まずここにメインの桜の花が咲いて欲しいという位置を決める。次に、どんな風に花の連なりが流れていくかをインスピレーションに従って描いていく。
最近は、全部描いてしまわず、ある程度描いたら彫ってしまう。さらにその印象をベースに次のエリアに移っていく。

こうやって、以前の絵柄を全く忘れてやっていたり、常に新たなタッチを加えているので、いつも新鮮な気持ちで向かえるのが楽しい。

さあ、本体はできあがった。オクターブキーは一旦ネック本体に組んでみて印象を再度確かめ、それから下絵を描いていく事にする。

オクターブキーの彫刻は初めてだ。でも、マークの上下と、タンポのある丸いスペースに関しては、以前からちょっとポカンと空いている感じがあって、彫刻をするならこんな感じかなというイメージを持っていたので、いよいよ実際に彫る時が来たなという感じだった。

ただ、スペースが極小で難しい。フルートのリッププレートを彫る時のように、普通よりはるかに細密な彫り方をする必要がある。ここは桜ではなく、シンプルに唐草模様で展開してみた。

極小スペースなので、限界にトライするようなハラハラ感があったが、なんとか彫り終え、すぐに宅急便でオーナーさんに返送。特にオクターブキーは初めてだし、これで気に入っていただけるのかどうか?ドキドキする。

すぐにお返事が届いた。

ネック届きました。ここまで手彫りの彫刻で細かい細工が出来るのかと感動しています。オクターブキーの彫刻はとても細かくそして繊細でまたまた感動です。娘の思い出が詰まった楽器に私なりのカスタムをして大事に使っていこうと思います。

まずまず喜んでいただけたみたいで安心した。

最近、細密な彫刻をする洋彫り彫金の工房を訪問して、技術交換をさせていただく事ができた。やはり彫金の技術は時計や宝石等の極小スペースに細かい絵柄を彫るのに適している。彫りが深くなってしまう事や、対象物を固定しないと難しかったりするけれども、今後そういった技術も合わせて新たなタッチを創れるよう模索していこうと思う。常に前進だ。