初めてお目にかかる、というより耳にする名前の『ガンシュホーン』。
 写真を拝見してびっくりした。曲がってるのはディジー・ガレスピーのトランペットくらいしか知らなかったから。

ダイナミックなボディと細かい造作の美しさ

 この楽器はまずはダイナミックに曲がったベルに目を引かれるけれど、もう一つ、ロータリー構造とその細かい部品の造作の美しさも素晴らしい。
 そのコントラストがなんとも言えないバランスだ。設計した人の美的感覚は素晴らしいね。

 さらに、今回のオーナーさんの愛器はノンラッカー仕様で、よくお手入れが行き届いていい色に育っている。侘び寂びをも感じる超美しい楽器だ。

打合せでコンセプトを探っていく

 オーナーさんと打ち合わせをさせていただいた際、私からは、「楽器が素晴らしく美しいうえに、地肌の香り高い存在感があって、わざわざ彫刻を加えなくてもいいんじゃないですか?」という偽らざる本音をお伝えした。

 オーナーさんからは、この楽器はインパクトのある外観とは裏腹に柔らかい音が出てくるそうで、この西洋で造られた楽器に和の要素を加えて、和洋折衷のテイストを持つ唯一オリジナルの存在に仕上げたいというご希望。
 もう一つは、ボディに二箇所凹みができてしまい、どうしても気になってしまうので、彫刻で目立たないようにできるか?という切なる願いだった。大丈夫ですよ。

 そして、ご希望のモチーフはまずは『藤の花』、さらにプラスアルファで何か他の花を組み合わせてというものだった。
 ご実家にも藤棚があるし、地元のあしかがフラワーパークが藤の花で有名な事もあって、このオーナーさんならではの特別な想いを込められそうなモチーフだ。

 ちなみに、お父様は尾瀬の写真撮影活動をされており、お母様はお花をこよなく愛されているという、自然を愛する風流この上ないご家庭。
 また、奥様はピアニストで、お子様はピアノを習ってという、音楽が生活の中に自然に存在するご家庭だ。

モチーフの変更

 実は打ち合わせの中で、「森脇さんだったらこの楽器を見て何をモチーフで彫りたいですか?」と尋ねられていた。
 私からは「桜です。楽器本体のインパクトある外観とソフトな音色という対極の融合イメージと、西洋の楽器と和の象徴のような桜のマッチングがぴったりのバランス点を見つけられそうです」と即答していた。

 そして後日、オーナーさんからご連絡をいただいた。
 モチーフを『桜』に変更したいとの事だった。打ち合わせの後、私の発した言葉が気になって、最終的にその気持ちに沿った判断で腑に落ちたとの事。

 『桜』をモチーフとして、デザインはおまかせいただく事になった。『桜』は僕のテーマでもあり、オーダーいただく度にどんな光景を思い浮かべようかとワクワクするのだけれど、今回もオンリーワンのデザインになるだろう。

美しい地肌を活かせるように

 まずは彫刻しない部分を保護テープでグルグル巻き。
 全体のデザインをどうしようか考えるのだけれど、とにかく地肌がものすごく美しいので、彫りすぎに注意だ。少なめ位の意識でスタートして、引き算ギリギリのデザインを探っていく。
 彫刻線の流れとしては、右回り螺旋のエネルギーを意識して下絵を描いていった。一番のポイントとなるロゴマークの周囲から。
 ちなみに、右回り螺旋のエネルギーに関しては以前のブログでも書いた事があるが、物理学でいう『右ネジの法則』で、トランペットのマウスピース側からベル先端に向けて力場が生じるイメージだ。

 すなわち、演奏の際には、オーナーさんの想いと共に、桜に込めた「愛と幸せ」がお客様に飛んでいく事になる。


 ロゴ周りは若干少なめのところまで彫れたので一旦ストップ。全体印象を俯瞰で見て、最後にまたボリュームの調整をする事にしよう。
 次はボディの真ん中あたりから後ろにかけてだが、ここがまたちょうどいいレイアウトとボリュームを探るのに試行錯誤の時間がかかった。
 後ろのカーブの所は、最初は右回りにしようかと思ったが、どうしても小さい左回りの斜めの方がピンと来るので、最終的にはその気持ちに従った。
 気持ちの中では、和音にテンションコードが加わった感じだ。


さあ、できましたよ

 ベル先端は、全体の流れに合わせて考えてみた。

 最後に、オーナーさんが吹かれる時の目線を想定し、上から見えるバランスを調整するために微かに彫りを加える。

 どうですかね。できましたね。


 完成しました。早速、宅急便で送りましょう。
 翌日、お返事と写真が届いた。

先程、営業所に行って受け取ってきました。(待ちきれずに迎えに行ってきました笑)

開けた瞬間、息をのみました。
なんと美しい…。鳥肌がブワッと立ちました。
どの角度から見ても想像以上の美しさ。繊細で凛々しい…。
この美しさを表現するのに私の語彙が足りません…。
世界で1番幸せなガンシュホーンになったことと思います。
心より御礼申し上げます。

この感動を直接お伝えしたいくらいです(笑

本当に素晴らしい彫刻をありがとうございました。
知人にも見てもらっていますが、
美しいと大好評です。
この度は本当にありがとうございました。
森脇様に彫刻を依頼して良かったと心から思っております。素晴らしいご縁に感謝です。

 と思っていたら、「どうしてもこの感動を直接お伝えしたくて! 心にずっとひっかかっていた二箇所の傷も全く見えませんし。」と電話もいただいた。

 経年変化で彫刻線のところは周りと同じ色になって、もっと渋い感じになるなる事も再度お伝えした。
 オーナーさんからは、「また渋い感じに変化していくのも今後の楽しみですね。ずっと大切にしていきたい楽器となりました。」というお返事だった。

 何年か後にまた電話して、どんな具合か尋ねてみたい。