今回は久しぶりに高いハードルだった。自分で作ったハードルだけど。そして、それを越える一歩を踏み出せて嬉しい仕事となった。

新しく入手するカーブド・ソプラノに猫を彫ってというご希望だった。
昔の自分だったら、割とサクッと彫っていた気がする。
でも、最近、1段階も2段階もステップアップしたくて、さらに力のある彫刻を彫れるようになりたいと思っていて、そのためには、絵を描く力をあげる必要があるなと考えていた。
昨年は、デッサンの教室に勉強に行って、初歩から教わった。小学生・中学生の美大受験を目指すカワイイ先輩達に混じって、おじさんが真剣に描いた。面白く、気づく事が多かった。昨今のコロナ禍で中断したままだけど、次に独学だけどイラストの勉強を始めた。ここは手探りだけど一歩一歩。

というところで、我が家の猫をモチーフで描いてみるかと思っていたところに届いたオーダーだった。当然、自分の見えるものが、求めるものが、昔とは比較にならない。
まだ新たな旅を歩み始めたばかりだけど、楽器のオーナーの期待にはお応えしたい。
オーナーの可愛がっていた愛猫の名前は「さちこ」ちゃん。残念ながら、亡くなってしまったそうだ。この想いは重いぞ〜。ただの猫と違うぞ〜、とプレッシャーはあるが頑張ろう。

まずは可能かどうかというご相談から会話が始まった。

新しいYANAGISAWAのカーブドソプラノだけど、まだ出来上がるまで日数がかかるとの事。そして、まずは猫ちゃんの写真をいただいた。カワイイ。


そして、ご希望の要素は下記のようだった。

  • 植物柄に加えて、猫ちゃんが遊んでたり休んでたりするような絵柄を入れたい
  • 猫ちゃんの名前「Sachiko」をどこかに入れたい
  • キーカップの大きい4つに肉球を、下から上へ登っているように入れたい
  • スペース的に可能だったら、ベル先内側に伸びた猫が輪になるように入れたい



これに対して、もちろん、できるだけオーナーの希望をかなえて、さらに期待を上回るものを提供したいと考えているのだけれど、残念ながらお応えできる事とできない事が出てきてしまう。具体的には、上記1&2番目の項目は可能なんだけれど、3番目はいただいたイメージとは若干異なるものになる。4番目は申し訳ないけどどうしても自分ではお応えできかねる点があるので、下記のような考えをお返しした。あくまで私独自のものではあるが、ブログでも公言している基本的な考え方だ。

  • 全体にゴリゴリに隙間なく彫ると、仏壇や全身刺青のような趣で、楽器としては美しくないと感じてしまう。空白もデザインの一部と考える。
  • ベル先内側の中にぐるっと一周彫る事はデザイン的に野暮ったく感じる。特に均一な絵柄だと、ラーメン丼風に感じるので避けたい。1/3〜1/2周程度が良い感じ。もしボリュームが増えたとしても、空白を作りたい。
  • サックス全体で見た時に、キーカップに彫刻はなくても元々綺麗なバランスがある。さらに目立つ彫刻を、複数に同じものを入れると非常に野暮ったくなると感じる。入れるとすると、そこにあるべきストーリーを感じるように、そして決して均等にならないようにばらつきを持たせたり、部分的に控えめに入れる事を選びたい。
  • 左右対象より非対称、整然より不揃いの力強さを選びたい。

ご理解いただけるとありがたいのだけれど、自分が美しいと思えない絵柄を彫っても綺麗にはならないので、正直な心をそのままにお伝えしてみた。

お返事は、OKだった〜!!ご理解いただけたとの事、ありがたいなあ!!
という事で、しばらく考えてラフラフな絵を描いてみた。

こちらもOKいただいて、後は楽器のできあがるのを待つ。
その間に、いろいろイラストのタッチなどを考えてみたりできるので、ちょっとホッとする。

さて、2ヶ月後に楽器が届いた。
実物を見てみると、やはり当初のイメージ通りにはいかないものだ。もちろんソプラノだから楽器全体が小さいのだけれど、ベル先の面積も小さいし、2番管の彫れるスペースが思ったより狭い。
という事は、猫ちゃんの全身を彫れるか?それとも一部だけ覗くみたいにするか?のレイアウトを再検討だ。それに、かなり少ない線で彫れるように、イラストと彫り方のタッチを考え直す必要がある。ここからは、かなり試行錯誤になってしまった。

その途中、練習した絵の一部が下記だ。
我が家の猫をモデルにしてみたり、漫画チックにしてみたり、いただいた写真を元に描いてみたり。
目に限って考えても、極小スペースに線が何本彫れるかわからない。というか線が一本しか入らないとすると、どんな彫り方にすればいいのか?とか。

最終的には、ちょっとリアルだけどデフォルメして簡略化してという事に決めた。これからまた、絵をブラシアップしなければ。それに、実際に彫る際には、小さ過ぎるために線を見ながら合わせて彫る事もできなくて、手の感覚だけで彫る事になるので、事前の試し彫りも重要。

最後に彫りあがるまで、楽器が届いてから1ヶ月近くかかってしまった。難産だった。
ベル先には、上側に「Sachiko」ちゃんの名前と顔を、植物模様と組み合わせて入れた。
ここにオーナーの想いの中心ができるように。そして、楽器をケースから取り出すたびに目に入って、Sachikoちゃんの顔と声がニャーと応援しているようにと。


2番管は猫ちゃんを3体入れたけど、当初とはちょっと違う配置やポーズになった。ちょっとRの小さいところの周囲に彫ってるので、写真ではわかりにくい。

そして、キーカップには、小さめの足跡を、下から上に登っていくようにいれた。途中でちょっとウロウロしたりしてる感じ。そして、上の方はキーカップの右隅の方に寄せた。キーを管体に組み込むとキーガードに隠れるところだけれど、あえてここに入れた。我が家にも猫がいるのだけれど、猫の本能らしく、狭いところが大好きなんだ。守られてる感があるんだろうな。ともかく、SACHIKOちゃんは、下の方から上の方へ、キーガードに隠れながら登って行ったというストーリーを描いた。

もちろん、元々のメーカーの彫師さんが彫った彫刻はそのまま綺麗に残っている。



さあ、後は納品後にオーナーさんがどう思われるかだ。
これは反応を伺うまで、いつもドキドキの時。
今回は、楽器店さん経由でオーダーいただいたので、店員さんも間に入って、いろいろとやりとりをしていただいた。僕のセンスに任せていただいて、こちらも感謝だ。

しばらくして、オーナーさんのご意見をいただいた。
大変気に入っていただいたとのこと。
そして、すでにご自分のYOU TUBEチャンネルにアップされたとのこと。
よかった。超嬉しい。まずはホッとする。

常々自分に言い聞かせているのだけれど、ただ綺麗な絵柄を彫っているんじゃなく、オーナーさんの想いを絵柄に込めて表現するのが大事。そして、オーナーには唯一無二の相棒として愛され、オーナーと楽器が一体になって、リスナーに音色とともに愛や幸せを届ける力を発揮するのを目指す。

まだまだ力が足りないなと思うので、はるかな頂きを目指して努力&一彫入魂だ!