先月3月26・27日、服部管楽器西巣鴨店内にて、私にとってお初の記念となる「サクラサク」楽器彫刻展を開催させていただいた。

その最中、来場されたあるお客様からご相談を受けた。
「僕のサックスのネックの彫刻がなぜかちょっとしか入ってなくて、空いてるスペースに彫刻を入れられるでしょうか?」

実物を拝見すると、某メーカーのテナーサックスのネック。スターリングシルバーに金メッキ処理した、一番高いグレードの商品だった。ずっしりと重い。

このメーカーの商品は、綺麗な彫刻で評判がある。でもこれは確かに本体側寄りの1/3位にしか入ってない。オプション品だから?まあ理由は知る由もないけど、ちょっと寂しいかな。

基本的には、既にメーカーの彫刻が入っているパーツには、彫刻をいれないようにしている。異なるタッチの彫刻を加えてバランスがとれない場合がほとんどだし、メーカーの彫り師さんの彫刻が活きてこない。

でも、今回は元々の彫刻が極端にこじんまりしているので、それも活かしつつ新たな彫刻を追加する可能性があると感じ、お引き受けすることとした。

普段の活動や絵柄のご希望を伺ってみると、プロミュージシャンの桑原大輔さんで、ロック・ジャズ・ポップス等多彩なジャンルの演奏をされている、エモーショナルでパワフルな演奏が持ち味の方だった。

また、絵柄は「梅」の花をご希望だった。珍しいなと思って、その理由を伺ってみると・・・。
森「梅の花をご希望とは、何か理由があったりしますか?」
桑「我が家のご先祖様に所縁の深い花なんです。」
森「ほう〜、どんな所縁がおありなのか伺ってもいいですか?」
桑「ご先祖様が菅原道真で。」
森「えええ〜!!!」
という事で、興奮しつつネックをお預かりする事になった。

桑原大輔氏

後日、まずは下調べから始める。

なんと、桑原さんは最初に楽師として雅楽に携わっていたのだけれど、サックスに魅かれて方向転換。ロック・ジャズ・ポップスなどの異なるジャンルの音楽に携わっているという、全く異なる文化を積み重ねた経歴をお持ちだ。すなわち、このネックの中に異文化融合する事が、ご本人の音楽活動の象徴的意味合いを持ち、唯一無二の相棒たる由縁になりそうだ。

次に、ご先祖様の菅原道真公について調べてみた。
道真公の京都の邸宅は紅梅殿と呼ばれていて、九州に旅立つ前に梅への想いを詠った和歌がある。
「東風(こち)吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ」
さらに、その梅が太宰府に到着した道真公の元に飛んで行ったという『飛梅伝説』まで残っている。学問の神様として道真公が祀られてる湯島天神にお参りに行った事はあるけれど、こんな風情のある伝説があるとはつゆ知らなんだ。今回のモチーフが梅である理由がはっきりした。

最後にいろんな梅の花の写真を調べていった。花びらの枚数も含めて、いろんな種類がある。そんな中から、桜の花に近い種類の梅の花を彫る事にした。

次に、現物に対面してレイアウトだ。
いろんなパターンを考えてみた。単純に後ろの方に別の絵柄を入れるという事ではなく、既に入っている彫刻を活かしたいので、なかなか難しい。

結果として、下記のようなポイントを考える事になった。
1)左右に分けるのではなく、演奏時に見える上面を中心に梅の花が咲く。
2)梅の花の周囲は唐草模様が広がり、元の彫刻とも一定の距離をあけて接する。元の彫刻も同じく唐草模様なので、タッチが異なる文化の展開という意味合いを持つ。
3)オクターブキーの下は半分隠れてしまうところだけれど、その隠れたところにも大事な要素があるという意味で、絵柄の中心の一部とする。

想定した彫刻エリア

さあコンセプトも固まって、いよいよ彫り始めた。
柔らかい曲線を彫っていても、いつもより太く豪快な線になる。特に意識しているわけでもないけど、不思議とオーナーさんの演奏のイメージの方向になっていく。

今回、特別な依頼があった。オクターブキーのロゴマークの上下だ。以前、他メーカーのネックでこの位置に彫っていた事もあったので、その応用だ。

今回は、難しかった。元々の彫刻が入っていて、そこに異なる彫刻が追加で入る意味合いが込められたかどうか。なので、宅急便で送る約束になっていたのだけれど、お会いして反応を伺わせていただく事にした。

後日、仕事でちょくちょく利用していた都内のイタリアンレストランでランチミーティング。
とりあえず注文を済ませ、彫刻済みのネックをお渡しする。
さあ、果たしてどんな反応になるのか!!!!!

桑原さんの第一声は、「凄いっ、綺麗っ!」だった。
まずは良し。次に彫刻のコンセプトを簡単に説明していった。
何度もひっくり返しながらシゲシゲとご覧いただいたが、しばらく後に・・・・。

桑「僕は、モチベーションが大きく演奏に影響するんです。だから、この彫刻の入ったネックで演奏できるのは嬉しいです。」
森「良かった〜〜! 」なんとか及第点かな。

後日、ご自分の視点で見えるアングルの写真を送っていただいた。
「彫刻を眺めながらニヤニヤしています」との事だった。

今のところ、彫刻したところは金メッキが削れて、露出した地金のスターリングシルバーが銀色にピカッと光っている。でも、経年変化とともにちょっと黒ずんできて、元の彫刻との印象バランスも変化してくるはずだ。『侘び寂び』と呼ぶ和の文化があるけれども、そんな変化も楽しんでいただけるとありがたい。僕自身も何年か後にまた見てみたい。桑原さんの唯一無二の相棒として活躍してくれている事を願って。