『楽器に彫刻をいれると、果たして音色に変化はあるのか?』という事に関しては、だいぶ前に楽器彫刻家としての経験をベースに書いてみた。過去記事はこちら→<彫刻の楽器への影響について><彫刻の楽器への影響について 2>
でもその前に、そもそも音色はどうやってできているのかについてというところから考えてみたい。それは、ある楽器メーカーに在籍していた頃、楽器本体の板厚が異なる場合の音と響きがどうなるかを実験した事があり、その傾向をどう説明したらいいのかと考えた事もきっかけとなっている。
一方、さらに昔の大学で材料力学の研究室に在籍していた頃、金属材料に動的や衝撃的な力がどのように波(振動)で伝わって、変形がどのように起こるかというような実験と数式で現した理論化に関わっていたので、その応用で考えてみた。ただし、個人的仮説であって、異論があればウエルカムだ。
音響工学については専門ではなかったので、後に書物で勉強してみたが、「楽器の科学」的な書物では、空気の振動について解析してても、管体の振動については考慮してなかったりする。でも防音の分野では、空気の振動と固体の振動を両方考慮しているから、そちらも併せて検討するのが実際に近いと思う。まだまだわからない事が多い。どこか研究しているところがあれば知りたい。
音の『コア(芯)』と『響き』について
僕の簡略化モデルは、音を「音のコア(芯)」と「響き」の部分にざっくりと分けて考えている。そして、「音のコア(芯)」が管内の空気の振動で作られ、「響き」が管外の空気の振動で作られるとイメージしてみた。
そもそも、最初の振動エネルギーはリードの振動から発生する。そして、その振動エネルギーは2つのルートを通って伝わる。
一つはリードから直接的に管内の空気に伝わる振動。もう一つは、リードからマウスピースを通って、金属の管体を通って伝わる振動だ。
さらに、管内には、リードから直接管内の空気に伝わる波1と、マウスピースを経由して管体の金属を伝わり、そこから管内に伝播する波2がミックスした波ができて、音のコア(芯)となる。
管内の圧縮波は管体に当たると、空気が疎で金属が密という疎密の関係なので、また管内に圧縮波として反射する。その反射が繰り返し、圧力波どうしが繰り返し重なる事で、波の圧力が高まっていく。
一方、管外には、管体に伝わる波2が外側の空気に伝播してでき、音の響きとなる。
結果、この2つの音のコアと響きという要素のミックスが、音色を産み出しているとイメージする。
管体の厚みと音の変化について
さて、菅体の厚みの違いで、音がどう変化するかというのは、楽器を吹く人なら感じ取っているかと思う。薄い板厚だとペラっとするイメージ。すごく厚い板厚だとゴアっと勢いのあるイメージかな。
以前、構造的には全く同じ仕様で、管体の板厚だけ変えてみるとどういう結果になるか?という実験を実際にしてみた事がある。ホールでプロの演奏者に吹いてもらって、その音色を確認した。
結果からいうと、管体の板厚が0.05mm変わると音と響きのバランスは著しく変化する。0.05mmというと、50ミクロン。例えば0.5mmの板厚だったとすると、約10%の差だ。
管体の板厚のみが0.05mm厚くなった楽器では、音のコア(芯)がベルの向いている極めて狭い方向のみ遠くまで強く聴こえて、ちょっと角度が横にずれると明らかに聞こえ難くなってしまった。響きが異常に小さいというか、コアと響きが分離して聞こえると言う感じだった。
逆に0.05mm薄いものでは、ベルの向いている方向での音のコアは若干弱い感じはするものの、音のコアと響きは分離せずに比較的ミックスしている感じがした。そして、ベルの方向を横にずらした場合でも、音のボリュームは若干小さく聞こえるけど、全体的印象はほぼ同じ音色で聞こえた。
音のコアと響きとのバランスが非常に重要なのは言うまでもない。音がいいと評判の高い名器と呼ばれる楽器たちは、管体のみならず部品やその位置などを含めた全てに、神バランス的なところを見つけ出しているはずだ。
表面処理による音色の変化
例えばメッキ加工で音が違うのはなぜなのか?だが、上述の実験の例から現象的に類推すると、メッキの厚みの分だけ、管体の厚みが増したのも一要因と考えられそう。銀や金などメッキの種類によっても違うのはそれでは説明できないけど。
管体の板厚という面では、メッキの厚みはメーカーによっても違うし、下地をつけるかどうかとかもあったりするので一概に言えないが、3〜10μm(= 0.003〜0.01mm)位が目安と考えていいだろう。
上述の管体0.05mmの厚みの差は音のコアと響きのバランスが崩れるほどの違いだったけれど、その1/5の0.01mmとかそれ以下でメッキをかける分には、メッキの材質や厚みが音色の違いとして現れ、好みで選べる範疇になると考えてよいのではないか。
一方、ラッカー層は金属に比較すると、密度がはるかに軽く、管体の板厚に加えるほどの影響ではない。
さらに、メッキの種類による違いは、波の伝播で考えるとどうなるのだろう?
メッキの各金属特性によって変化するので、実際に計算してみないといけないのだけれど、ひとまず仮に下記のように考えてみた。
表面ラッカー塗装の場合を基準で考えると、金属製の管体からラッカー層へは、ほとんどエネルギーは透過していく。ラッカーから空気層へも同じくほとんど透過していく。
すなわち、ラッカー処理した場合は、ラッカー層は金属よりはるかに柔らかく密度も疎なので、管体から外側の空気にはほとんどそのままエネルギーが透過していく。但し、ラッカーは柔らかく、緩衝材のようにラッカー表面と空気の粒子がぶつかるエネルギーの立ち上がりを柔らげていく。イメージでいうと、ラッカーと空気の粒子はガツーンとはぶつからず、ポワーンとぶつかる。
実際の音の印象もそんな傾向があって、ノンラッカーの楽器の音は輪郭のはっきりした音になるけど、ラッカーモデルの音は、若干柔らぐ。この簡略化モデルで考えると、響きの輪郭が変わってくるという事になる。音のコアではなく。
一方、表面にメッキ加工をした場合は、地金とメッキ層のどちらが疎でどちらが密になるかで、振動波が反射するのか透過するのかが変わりそう。
地金とメッキ層がほぼ同じであれば、波は地金からメッキ層に透過していくけれど、メッキ層の方が密であれば、メッキ層で反射されて、地金から内側の空気に透過していく割合が多くなる。その場合、管内の空気にそのエネルギーが伝わって、管内の圧力が高まる事になりそう。例えば、金メッキの場合、単純に金が銅より密と考えていいなら、金メッキの楽器は管内の圧力が高くなるので、音のコア(芯)が強い音色となるという事だ。
ちなみに、下記は楽器によく使われる金属材料の各数値。JIS規格やらいろんなところを探してみたけど、同じ条件でまとめてる表はなかったので、誤差があるだろう。でも、ここから素材を伝わる波の速度とか、抵抗とかが計算できる。
この辺りで、第一弾は終了したい。これ以上は、音響工学を勉強し直してみてからにしたい。それに、管体の地金が銅・真鍮・銀の違いなども当てはめたくなったりと、なんだか考え出したらキリがない。
次の第二弾で「楽器に彫刻を入れたら、音にはどういう影響があるのか?」を考察してみたい。→『「管楽器の音色」と「彫刻」に関する考察(2)』のブログはこちら